第22回では、昇進と昇格について学びました。日本企業のほとんどが採用する職能資格制度は、職位と等級を分けて運用する人事制度です。職位は組織の必要に応じて設定され、その適任者は複数の対応等級の中から選ばれます。例えば、職位の部長には、年齢や経験差がある一定幅の対応等級の従業員から任用されます。一般的に、下位等級は勤続年数が重視されますが、上位等級は能力や実績が重視されます。今回は、主に大企業で採用されている目標管理制度(MBO)を学んで参ります。
MBOって何?
第12回では、マグレガーのX理論・Y理論を紹介しました。X理論は人間に対する不信感が根底にあるので、アメとムチの組み合わせが効果的であるという経営手法です。しかし、低次元の欲求が満たされた人にはX理論の経営手法の効果を期待できず、高次元の自己実現の欲求を満たすY理論に基づいた経営手法が望ましいと考えられます。これらは、第1回の「マズローの欲求段階説」を参照ください。
マネジメントの父と呼ばれるドラッカー(Drucker,P.)は、このY理論に基づき、目標管理と自己統制(MBO:Management by Objectives and self-control)を提唱したのです。これは、自ら目標を立てることで自らを動機づける、目標を通じて従業員を管理する手法です。そして、目標設定には、①挑戦的だが高すぎない、②具体的な目標、③部下の主体的目標設定、④上司から部下への適切なフィード・バックが必要であると強調します。
企業では新年度開始にあたり、経営者は全社の目標、事業部門長は自組織の目標を公表します。これに基づき、部下は業務目標を検討し、上司との面談を経て、業務目標や活動計画を決定します。そして、この計画に基づき業務を遂行し、年度末頃には部下が自己評価をします。その上で、上司との面談を経て人事考課がなされます。
この上司評価には、客観性と公平性が求められます。上司の評価が、①目標と成果の定量化、②複数者の評価、③評価結果のフィード・バックを満たさないと、返って部下の業務遂行意欲を減殺し、逆効果となります。そして、上司と部下との面談で適正な評価か否かを調整し、部下の処遇や能力開発へ反映する仕組みです。
MBOの課題と対策
ドラッカーのMBOは、目標設定とその達成を重視する経営手法として広く知られていますが、いくつかの課題が存在します。前述した項目もありますが、再度MBOの重要な課題と対策を確認してみましょう。
1つ目は、上司と部下の面談によって目標決定する際に、その目標の質的担保が必要です。目標が具体的かつ測定可能でない場合、効果的な目標管理は困難となります。業績が客観的に評価できないと、評価の不公平が生じて組織の構成員は不満を持ち、その結果MBO自体に不信感を持ち、真剣に取り組まなくなります。
したがって、MBOの効果的運用には、具体的かつ客観的で数量で測定可能な目標設定をすることが最も重要です。特に、営業部門では従業員の業績が明確になりますが、管理部門では従業員の業績が曖昧になりがちなので、具体的かつ測定可能な目標設定に留意します。
2つ目は、MBOの目標を年度毎に設定して、その業績を評価することから、1年間という比較的短期間の業績評価となります。その結果、長期的に取り組む必要のあるプロジェクトでは、第1フェーズ、第2フェーズなど最終目標に対する段階的・時系列的な期限を取り入れた目標設定が必要となります。
3つ目は、難易度を考慮した目標設定と業績評価を実施する必要があります。ある従業員が高い難易度の目標設定をすれば、当然成果を得るのが難しくなります。一方で、低い難易度の目標なら、容易に成果を得ることができます。したがって、業績評価にあたっては、難易度を数値化して、これを評価に乗じるなどの工夫をしなければ、従業員間の公平性担保はできません。
4つ目は、どの程度MBOによる業績評価を給与に反映するのかを考慮する必要があります。仮に、MBOでの業績評価を100%給与や賞与に反映すれば、目標設定時に難易度の低い目標を設定しがちになります。また、目標達成のために短期的な思考によって、顧客や企業の信頼を損ねても業績を追求する仕事が横行し、不正行為や倫理感の欠如した行動を取る可能性があります。これらの問題を生じさせないように、業績評価項目には顧客の信頼、法令順守などを組入れる必要があります。
その他、業績評価の公平性を可能な限り担保するために、複数の人事考課者の評価を組み込むこと、被評価者への業績評価のフィード・バックは不可欠な仕組みとなります。
MBO制度も、第9回で学んだファヨールの「マネジメント・プロセス」やPDCAサイクルで修正を繰り返し、より最善な制度に変化させていく柔軟性が求められます。
次回は、給与の決定基準となる賃金体系と報酬管理を学んで参ります。
福嶋 幸太郎 ふくしま こうたろう
著者:福嶋幸太郎 1959年大阪市生まれ。大阪ガス(株)経理業務部長、大阪ガスファイナンス(株)社長を経て、大阪経済大学教授(現任)、経済学博士(京都大学)、趣味は家庭菜園・山歩き・温泉巡り。