第19回「雇用ポートフォリオ」

 第18回は、組織文化について学びました。企業には独特の組織文化があり、組織の改革を阻害することがあります。創業期には創業者の中心的なメンバーから組織文化が生まれ、一旦組織文化が組織に定着すると、組織はその文化を維持しようとします。その結果、組織文化に合致した従業員が残るので、組織文化を変革することが困難になります。今回は、「失われた30年」に関係がある雇用ポートフォリオについて学びます。

雇用ポートフォリオって何?

企業では、正社員・契約社員・パート・アルバイト社員と締結する雇用契約、派遣会社との派遣契約、事業者との請負契約などがあります。企業では、経営資源「ヒト」を効果的に活用するため、人材への投資、育成、活用、報酬などの面で異なった処遇を適用しています。
これを雇用ポートフォリオと呼んでいます。
言い換えれば、企業がどのような人材をどのような契約で雇用し、どのように配置するかを計画的に統制・管理するための基本的な考え方です。これにより、企業は効率的かつ効果的に人材を活用でき、経営戦略を実現することができます。

雇用ポートフォリオの3つの類型

バブル経済崩壊後の1995年に、労働問題の情報収集や広報及び労働対策に関して経営者が連携する日本経営者団体連盟(後の日本経済団体連合会、通称は経団連)は、『新時代の日本的経営』の中で次の図を掲載し、解説をしています。

縦軸は従業員が短期勤続か、それとも長期勤続を想定しているのか、横軸は企業が従業員を定着させるのか、それとも移動(退職)しても良いと想定しているのかを区分しています。その上で、従業員を3つのグループに配置しています。なお、それぞれ一部分は重複する部分があります。

長期蓄積能力活用型は、管理職・総合職・技能基幹職が対象で、給与・昇進昇格などで安定的な処遇と継続的能力開発により、企業への長期的な貢献を期待されています。一般的企業では、総合職はゼネラリスト、技能基幹職はスペシャリストと呼ばれることもあります。

そして、高度専門能力活用型は、企画・営業・研究開発などの有期雇用契約の従業員が対象で、短期的な成果に基づき業績給などで処遇され、企業の課題解決において専門的熟練能力を期待されています。

雇用柔軟型は、主に定型的な業務を担うパート・アルバイト・派遣社員などが対象で、職務の難易度に応じた職務給を基本とし、昇進昇格には総合職など上位職種への転換が要件となる人材です。また、企業への定着を前提としない余暇活用型から特定能力活用型まで、幅広い人材を想定しています。

なぜ雇用ポートフォリオが提唱されたのか?

1990年以降のバブル経済崩壊による厳しい企業経営環境が続く中、整理解雇や退職勧奨など、リストラが行われていました。労働力を削減しながら、固定費となる正規雇用者を守り、変動費となる非正規雇用者の割合を増加させ、企業の損益分岐点売上高を引き下げて、企業利益を確実に計上する生き残りを目指したのです。実は企業だけではなく公務員など行政においても、同様の事例が見られます。非正規雇用の会計年度職員を増加させたのは、その一例です。

なぜ失われた30年に、日本人の給与は伸びなかったのか?

バブル経済崩壊後、企業は雇用者に占める非正規雇用者(雇用柔軟型)の割合を高め、雇用の非正規化が進行し続けました。総務省「労働力調査」によれば、日本の1989年の雇用者は4269万人で、うち非正規雇用者は817万人(構成比19.1%)でした。

しかし、2010年では雇用者は5138万人で、うち非正規雇用者は1763万人(同34.4%)と急速に増加しました。そして、2023年では雇用者は5730万人で、うち非正規雇用者は2124万人(同37.1%)となりました。直近では、雇用者に占める非正規雇用者の割合は約4割となりました。

一方、総務省「国勢調査」では、日本の総人口は2000年から20年間で0.6%減少し、生産年齢人口(15-64歳)は12.9%も減少しています。しかし、雇用者数は増加しています。

これは、65歳以上の非正規雇用者数が増加しているためです。2010年では非正規雇用に占める65歳以上の割合は9.2%でしたが、2023年では19.6%にまで構成比が高まっています。つまり、正規雇用者と比べて給与水準が低い非正規雇用者の割合が約4割となり、非正規雇用者のうち65歳以上の割合が約2割を占めています。

日本人の給与が伸びていないのは、正規雇用者の給与が伸びていないのではなく、これが主な理由だと考えられます。次回は、ジョブ型雇用について学んで参ります。

福嶋 幸太郎    ふくしま こうたろう

著者:福嶋幸太郎 1959年大阪市生まれ。大阪ガス(株)経理業務部長、大阪ガスファイナンス(株)社長を経て、大阪経済大学教授(現任)、経済学博士(京都大学)、趣味は家庭菜園・山歩き・温泉巡り。