第19回では、雇用ポートフォリオについて学びました。これには、管理職・総合職を対象とする長期蓄積能力活用型、課題解決に専門的能力を発揮する高度専門能力活用型、パートなど定型的職務を担う雇用柔軟型の3つの類型が存在します。そして、企業は人材への投資、育成、活用、報酬などで異なった処遇を適用しています。
バブル経済崩壊後、企業はその生き残りのために、非正規雇用者の割合を高めました。その結果、正規雇用者と比べて給与水準が低い非正規雇用者の雇用者割合が約4割まで増加し、かつ65歳以上が非正規雇用者の約2割を占めるようになりました。日本人の給与、つまり1人当たりの雇用者の給与が伸びていないのは、正規雇用者の給与が伸びていないのではなく、非正規雇用者の雇用者割合が増加したことが主な理由だと考えられます。今回は、ジョブ型雇用(欧米型)について学んで参ります。
ジョブ型雇用って何?
ジョブ型雇用では、職務内容と職務遂行要件を職務分析(Job analysis)によって明確にし、これを職務記述書(Job description)に記載します。具体的には、特定職務の観察とその従事者の面接によって、職務内容と責任、職務遂行にあたって要求される能力を調査・分析して、その結果を一定の様式に記述することになります。
これは、その後の人事管理資料として活用されます。そして、職位を基本に運用され、職位に空席が生じれば、その職位を果たせる人材を労働市場から補充する制度です。したがって、給与は労働市場での価値で決まります。その結果、企業を跨ぐ人材流動性が高くなり、一般的には同種の業務経験者が採用されることになります。
ジョブ型雇用は、企業が業務に最適な人材を割り当てる、仕事主体の人事制度であると言えます。したがって、特定職務がなくなれば、担当していた人材は解雇されることも多くなります。なぜならば、職務記述書は使用者と労働者の契約内容であり、これを履行するには職務記述書の制約を受けるからです。
したがって、特定職務がなくなり、その労働者を継続雇用する場合には、使用者と労働者の間で新たな契約を締結する必要があります。現時点で解雇規制の厳格な日本では、ジョブ型雇用制度の運用は困難を伴います。
また、ジョブ型雇用では、一般的には年齢(年功)が考慮されません。そのため、AI(人工知能)など労働市場での需要が高い職務では、年齢に関係なく給与は高くなります。つまり、労働者の供給量が少ない職務では、高い給与を支払わないと雇用契約は成立しません。
そして、給与は職務給で運用されるため、原則的には職務レベルが上がらない限り、給与も上がりません。また、基本的には人事異動はなく、社内教育も提供されることはなく自己啓発が中心となります。
日本独特のメンバーシップ型雇用の特徴
日本的経営の三種の神器と言われる終身雇用、年功序列、企業内労働組合のうち、中心的役割を担うのは前二者です。定年までの雇用を保障する終身雇用、生活費の上昇に応じて給与を上昇させる年功序列は、使用者が労働者に安定した生活を保障するメンバーシップ型(日本型)雇用の特徴です。さらに、入社することは就社することを意味するので、職務内容を限定せず、原則的には人事異動もあります。
そして、人事考課、職位経歴、業務経験年数、勤続年数などによる何通りのかの昇進昇格モデルに従って、個々の従業員の昇進昇格が決定されます。そして、給与は、位置づけられた等級に対応した職能資格制度によって支払われます。
その結果、企業を跨ぐ人材流動性が低く、一般的には新卒一括採用が中心となります。また、メンバーシップ型雇用は、企業が従業員に最適な業務を割り当てる人材主体の人事制度です。
そして、終身雇用と年功序列が一体運用されているため、住居の移動も伴う転勤を含めた人事異動(ジョブ・ローテーション)を通じて、長時間をかけて様々な職務経験をさせながら、人材育成をします。したがって、経営環境の変化が激しくなると、使用者のニーズと人材がミスマッチしやすくなります。また、人材の専門性が乏しく流動性が低いため、日本の労働生産性が低い要因のひとつとも指摘されています。また、教育訓練は職場内訓練(OJT)が中心となりますが、職位階層別や専門性を強化する職場外訓練(Off-JT)も適宜実施されます。
日本にジョブ型雇用は根付くのか?
ジョブ型雇用が普及すれば、人材育成、供給、処遇、業務遂行に問題が生じる可能性があります。
1点目は、他企業で職務経験を積んだ人材を高い給与で採用し、職場内訓練(OJT)や職場外訓練(Off-JT)をしないフリーライダー的企業が出現する可能性があります。
2点目は、日本の厳格な労働法規制の障壁です。就業規則では、労働基準法90条により使用者に実質的な決定権があります。しかし、労働者が被る不利益がある場合には労働契約法9条及び10条が適用され、労働条件の変更可否が厳密に審査されます。具体的には、(1)不利益変更の程度、(2)就業規則変更の必要性、(3)変更後の内容の相当性、(4)労働組合等との交渉状況、(5)その他の事情、これら5点に合理性がなければ、不利益変更が認められません。
3点目は、日本の労働者の約7割が勤務する中小企業での問題です。大企業では職務が細分化され分業体制が確立しています。しかし、中小企業は大企業と異なり1人で何役もの仕事をこなすのが一般的です。中小企業では、高い専門性は要求されないが、幅広い職務をこなす人材が必要です。さらに、職務記述書に記載されていない職務に関しても、業務の繁閑によっては、対応せざるを得ないことが多いため、ジョブ型雇用の運用は極めて難しくなります。次回は、リカレント教育(社会人教育)について学んで参ります。
福嶋 幸太郎 ふくしま こうたろう
著者:福嶋幸太郎 1959年大阪市生まれ。大阪ガス(株)経理業務部長、大阪ガスファイナンス(株)社長を経て、大阪経済大学教授(現任)、経済学博士(京都大学)、趣味は家庭菜園・山歩き・温泉巡り。